こんにちは。経営者のための文章コンサルタント松永弥生です。
今日は少し趣向を変えて、子どもの頃の思い出話をします。私が、ライターになれた根っこかもしれない話です。
子供の頃の私は、いつも本を読んでいました。本のページを開いた途端に没頭し、周りの音が一切耳に入らなくなる子どもでした。
母は私に「本の読み聞かせをしたことはなかった」といいます。「なんでこんなに本が好きな子になったのかわからない」と言っていました。
私が、よく覚えているのは、幼稚園の時に母に買ってもらった本のことです。
タイトルは「小学校2年生理科のなぜなぜ?」。子どもが日常生活の中で「不思議だな?」と思いそうなことがらに、漫画で答えている本でした。今でも、内容のいくつかを覚えています。
虹は、なぜ7色なの?
空はなぜ青いの?
夕焼けはなぜ赤いの?
ナメクジに塩をするとなぜ溶けるの?
なぜ雨が降るの?
たぶん私は、「なんで? どうして?」と質問する子だったのでしょう。
アニメの一休さんに出てくるどちて坊や。なんでも「どちて? どちて?」と質問して周囲の大人を困らせるあの子を見た時には、「あー、これ私だ」と思っていました。
毎日、質問攻めにあって困った母は、本屋さんで見つけた「小学校2年生理科のなぜなぜ?」を買ってくれたんだと思います。
私は、この本が大好きでした。
もちろん幼稚園児だから、読んで内容を正しく理解できたわけではなかったと思います。でも、なんとなくわかったつもりにはなれました。
本の内容を、「あぁ、そういうことか!」と理解できたのは、もう少し大きくなってからです。
小学校4年生で、理科の授業でプリズムを習ったときに「あー! これ理科のなぜなぜに書いてあった!」。中学で、浸透圧について学んだ時も「これ、子どもの頃に本で読んだ!」とすぐにこの本を思い出しました。
もう一つ。両親と本についての思い出は、小学校に入学する前のことです。
入学式の前日夜に、私は両親に呼ばれて2人の前で正座をさせられました。そんな事はこれまでになかったので、とても緊張したのを覚えています。
その時、父から言われたのが、
「お父さんもお母さんも、学校は中学しか出ていない。お前がこれから学校で勉強することをお父さんたちは教えてあげられないと思う。だから、学校で授業中は、先生の話をよく聞きなさい。わからない事は質問しなさい。知りたいことがあったら、辞書や辞典で調べなさい」
そして、子ども用の辞書を手渡されました。
生まれて初めて辞書を手に入れたとき、私はやっぱりとても嬉しかったです。
今、その辞書は手元にないけれど、ずいぶん長い間……中学に入学する頃までは、間違いなく手元にありました。
私の両親は学歴がなく、特別教養もなく、ただただ真面目に骨惜しみなく働く人たちでした。
高校生になって私が進路を考えるタイミングでは「女が大学なんか行っても仕方がない」と取り付く島もなく、私は進学はしませんでした。
小学校高学年から反抗期に入り、親とはたくさんもめたし……というか私の反抗期は異様に長かったなと思いますが……、まぁ親とはいろんな確執がありましたが(笑)。
私は、今でも自分が知らないことを、人に聞いたり調べたりするのは好きです。
正直、文章書くのはそんなに得意じゃないなぁ……、と思うけれど、知らないことを人に教えていただいたり、調べたりするのは好きで、それがあるからライターをやっていられるんだなぁと思ってます。
子どもの頃は「本ばかり読んで!」と母に叱られた思い出が強く残っているし。
私が過集中で本に没頭しているから(そして、母が私のそうした特性を理解できずにいたから)、母子関係は、相当に悪化していました。
だから、こうやって思い出話を書いてみても「ライターになれたのは、両親のおかげ。感謝しています」とキレイにまとめるのは、抵抗があります(苦笑)
それでもやっぱり。
母が与えてくれた本と、父に手渡された辞書は、私が仕事をしてくる中で、常にベースになっていたと思うのです。
家出同然で、上京して、友人のやっていた小さな編集部に入社して。日本で発売されたばかりのワープロを覚えた時から、35年間、ずぅっとキーボードを叩き続けてきました。
ワープロオペレータから始まって、数え切れないほど転職を繰り返す中で、DTP、DB、Word、Excel、VBA、プログラミング・・・と、独学でクリアしてこられたのも。今こうして、ライターを続けられているのも。
学校で勉強を始める以前に、両親が私にプレゼントしてくれたものがベースになっていると感謝しています。
項目 | 所要時間(分) | 文字数 |
キーワード出し | 6 | |
音声入力 | 11 | 1464 |
推敲・修正 | 15 | 1511 |
校正(2回) | 15 | 1879 |
タイトル画作成 | 6 | |
アップロード | 5 | 1885 |
計 | 58分 | 1885 |